豊後高田・学びの21世紀塾

Bungotakada_education_4  13日、大分県豊前高田市の学力向上の取り組みを全国若手市議会議員の会の研修として視察。豊後高田市は国東半島の西側にある人口約2万4千人の小さな自治体ですが、「学びの21世紀塾」事業を中心に全国的に注目を集めています。

 同事業は、土曜日を利用した寺子屋講座やパソコン講座など学力向上を目指す「いきいき土曜日講座」と、各地区公民館で行う放課後子ども教室など徳育向上を目指す「わくわく体験活動」、

 体力向上を目指す「のびのび放課後活動」の3事業から開始され、さらに現在は、中学生水曜日講座や中学3年生夏季・冬季特別講座、小中学生のテレビ寺子屋講座なども拡充されています。

 「地方の子どもも都会の子どもも、どのような家庭の児童生徒も、平等に学習を保障して格差をなしていくことが行政の責務」と言い、実践している豊後高田市の教育に大いに共感しました。

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足立山妙見宮にて

Wild_boar_at_the_myouken  5日の夕方、小倉北区の足立山妙見宮を参拝。こちらも770年に創建された由緒ある神社です。その歴史は和気清麻呂公の話から始まります。769年、清麻呂は道鏡の野望を打ち破ったために道鏡に恨まれ、奈良の都を追放されます。

 さらに道鏡の追っ手から足を切られた清麻呂は宇佐へと逃れ、その時に何百頭もの猪に助けられたそうです。そのため、足立山妙見宮では、通常は狛犬がいる位置に一対の猪がいます。

 清麻呂は宇佐神宮のお告げで「この近くにある湯川という地の温泉に入ると足が治る」と聞き、入ると数日で完治します。足が治った清麻呂は山に上り、天皇の安泰を祈ったそうです。

 その結果、道鏡は下野の国に流され、清麻呂も奈良に戻ることができたという歴史があることから、この地を「足が立つ」すなわち「足立山」と名付け、神社を創建したとのことです。

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蒲生八幡神社にて

The_oldest_shinto_shrine_in_my_city  今年も新しい年の始まりを地元の八旗八幡神社で地元の皆様と一緒に迎え、昼前に蒲生八幡神社にて家族と一緒にこれまでの感謝と報告、誓いをしてまいりました。本年が皆様にとって幸多き1年となりますようお祈り申し上げます。

 蒲生八幡神社は、天正の初めに豊後大友氏の兵火によって社殿が焼失したものの、関が原の合戦後、細川氏や小笠原氏の庇護により、小倉一宮として崇敬を受けた市内最古級の神社です。

 昨年12月27日、江戸時代半ばから後期にかけての神社建築として保存状態も良好で貴重なことから、蒲生八幡神社の本殿と幣殿が北九州市有形文化財(建造物)に指定されています。

 さて、今年は壬辰(みずのえ・たつ)の年。物事の大本(おおもと)について考え、激動があろうとも、自らの道を愚直に歩んでまいります。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

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日経グローカルに寄稿

Nikkei_glocal  地方自治や議会の動きを伝える専門誌である「日経グローカル」の第185号(2011年12月5日発行)の「奮闘地方議員」という欄に北九州市議会基本条例の制定過程について寄稿を求められ、拙文が掲載されています。

 今なぜ「議員不要論」や「議会不要論」が各地で起きているのでしょうか。地方議員は4年に1度必ず選挙を経て、有権者の審判を仰ぎます。選挙を通じて議員は有権者から選ばれます。

 しかし、選挙区内に一定の得票があれば当選できるため、多くの議員が全ての有権者を対象に行動するのではなく、支持基盤と言われる特定の支持者層を対象に行動するようになります。

 こうした矛盾を打ち破るために、自分たちの利害得失だけではなく、真に市民から信頼される存在になろうとして同僚議員たちと取り組んだ奮闘体験記です。ご一読頂きますと幸いです。

「nikkei_glocal_2011.12.5.pdf」をダウンロード

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留学生による男茶会2011

Mens_tea_party  17日、若松区ひびきのの北九州学術研究都市のキャンパスにて「留学生による男茶会~チーム茶道2011~」に参加。当日はペルー・ベトナム・フランス・中国・韓国からの留学生と日本の学生によるお手前があり、一服いただきました。

 5年目となる今年のテーマは「灯~ともしび~」。東日本大震災で被害にあわれた皆様に希望の灯をともしていきたいとの想いからだそうで、開式前には東に向かって黙祷も捧げました。

 学術研究都市も今年で10年目になるとのことで、開設当初は10数名だった留学生も現在は300名を越えているとの紹介もあり、国籍を超えて学び合っていることも実感できました。

 お手前も見事で留学生の皆様が着物姿でビシッとした立ち振る舞いをされている姿に感激しました。日頃からご指導されている茶道の先生方や地域の皆様方にも心から感謝申し上げます。

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選ばれる地域を目指して

City_assembly_hall  東芝北九州工場の閉鎖のニュースは全従業員や取引企業の皆様はもちろん、経済界や市民にも大きな衝撃を与えました。北九州市議会も「工場閉鎖の方針撤回を求める」決議を全会一致で採択し、撤回を求めて要望活動をしています。

 1人ひとりの雇用や、関連の事業所も含めて地域全体への影響などを考えると、その影響を最小限に食い止められるよう、撤退ではなく、縮小や別の機能を求めていくべきだと思います。

 その上で、世界的な競争のなかで生き残るために選択と集中を図ろうとする企業の戦略を冷静に考えると、北九州市にとっても私たち市議会にとっても、学ぶべき教訓に気付かされます。

 すなわち、過去の成功例に安心するのではなく、国内外の企業から選ばれる地域を目指さなければ、本市も生き残れないのではないでしょうか。ピンチをチャンスに変えたいと思います。

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想定外でも命を守る防災体制

Beyond_ourself   7日まで12月定例会を開催。国の第3次補正予算に対応して来年度予定の事業の一部を前倒しして行う補正予算も提案され、私が所属する教育水道委員会では、市内29校(小学校20校・中学校9校)の耐震補強事業を審議・可決しました。

 本会議では震災対策として北九州市地域防災計画の見直しについて質問があり、北橋市長は「大震災以降、『想定外でも命を守れる防災体制の整備』に向けて検討を進めている」と答弁。

 具体的には「子どもたちの主体的な避難の姿勢を育む防災教育の強化や、地域住民によるハザードマップの作成などを通じた防災意識の普及など今すぐ取り組める課題から検討を進める」

 「地震や津波の想定の見直しなど、広域的に統一した対応が必要な対策については国や県の動きを注視している」などの答弁がありました。市民の命を守る防災体制の充実を目指します。

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ギラヴァンツと市議会の交流

Thank_you_for_our_home_towns_team_2  12月6日、小倉北区の小倉飯店にて、ギラヴァンツ北九州の選手やスタッフの皆様と北九州市議会との交流会に参加。今季は16勝12敗10分・勝点58でJ2第8位と大躍進しただけに大いに盛り上がり、楽しみました。

 「ギラヴァンツ」というチーム名はイタリア語の「ひまわり」と「前進」を掛けた造語だそうですが、市の花であるひまわりの如く、どこまでも、どこまでも上に伸びてほしいと思います。

 会場では三浦泰年監督や選手、コーチの皆様や、横手敏夫社長やスタッフの皆様を囲んで、サッカー談義やホームタウンである北九州市に対する想い、来期に向けた抱負などを伺いました。

 三浦監督とは近くでお話を聴かせて頂きましたが、選手やファンの皆様を奮い立たせるこの方なら来期も更に強くなると確信しました。更なるご活躍を期待します。頑張れ、ギラヴァンツ!

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松下政経塾・茅ヶ崎にて

Msjk_taininn  28日、神奈川県茅ヶ崎市にある松下政経塾の本部を訪問。私が13期生として在塾していた頃(約20年前のこと)も良くご存知の塾職員の方々と久しく懇談しました。卒塾から15年、そこには変わらぬ空気が流れていました。

 正門、そしてアーチ門をくぐると正面に本館、右手に研修棟があります。研修棟の一番奥の部屋は各学年の入塾式など懐かしい写真がありました。ちなにみ私の写真ファイルは…でしたが。

 寮棟に入ると個室にはあの頃と同じ畳ベッドや机が使われていて、真ん中の部屋には「大忍」の書が掲げられています。各棟を囲む形で園路があり、その先に松心庵という茶室があります。

 茶室の正面には「素直」の軸がありました。現役の塾生時代は正直あまり分からなかったのですが、幸之助塾主の想いがあちらこちらに込められており、喜びを感じる機会となりました。

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松下政経塾・塾員会にて

Msjk_obog_2011  27日、東京のANAインターコンチネンタルホテル東京にて松下政経塾の塾員(OBOG)会の集まりがあり、今年は被災地に救援物資を送るプロジェクトで先輩塾員や塾本部と連絡を取り合ったこともあり、初めて参加しました。

 今年は第1期生の野田佳彦先輩が第95代内閣総理大臣に就任されたお祝いの意味もあり、永く政経塾役員を務められた千玄室大宗匠や宮城まり子さんなど多くのご来賓の方々もご参加。 

 野田先輩からは「天上にいらっしゃる松下幸之助塾主に会うときに『良い仕事をしたな』と言われるよう頑張っている」と活動報告もあり、懇親会では多くの方が総理を囲んでいました。

 最後の締めは塾歌の斉唱。日常のさまざまな課題に頭を抱えていた私にとっては「人類の繁栄幸福と世界の平和に貢献しよう」という政経塾の大志をあらためて感じた貴重な機会でした。

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